2023年3月10日金曜日

桑の準備

 

春蚕期に向けての桑の剪定がようやく終わりました。


養蚕農家とは、『蚕が食べる桑を栽培し、蚕を育て、繭を生産すること。』なのだが、この桑の栽培、とても奥が深くて、毎年試行錯誤の連続です。

毎日畑であれやこれやと考えて、この冬はえらく時間がかかってしまいました。

春蚕期には春用に、晩秋蚕期には晩秋用に、その時々にちょうど良い桑質になるように時期を遡って仕立てていく。

どんなにお蚕さんを育てるのが上手でも、桑の質が良くないと、繭に顕著に表れる。そして、その年の気候も桑葉にかなり影響する。

特に晩秋蚕期の桑葉は昨今の気温上昇や、その影響による長雨の日照不足など、色々と難しいなあと思う。

気候は自分の力だけではどうしようもないけれど、力が及ぶところは知恵をしぼりたい。


根元から伐採した桑。

稚蚕期(1令~3令)は、専用の稚蚕飼育用に仕立てた桑を使います。

例年、私はこの時期に根元で伐採することはなかったのですが、晩秋蚕期の桑葉が気候により年々固くなっていってる気がするので、この冬は思い切って仕立て直しをしてみようと思いました。今の気候にあった仕立て方や、良いタイミングが見つかれば良いのだけれども。

桑が伸びてきたら、先輩農家さんに相談をしてアドバイスをいただこうと思っています。

伐採したことにより、春に使える桑葉がギリギリになってしまったので、しっかりと考えて使わねばと、春蚕期を前に少し緊張している現在です。

 

稚蚕期にお蚕さんが食べる桑の量は、壮蚕期に比べたらほんの少しの量です。しかし稚蚕期は、お蚕さんの体の基礎をしっかりとつくるための大切な期間。この期間の飼育管理、良質な桑葉と適切な眠起のタイミングや湿温環境で、いかに丈夫な体をつくれたかが、壮蚕期の成長や桑の食い込み、そして繭の作柄()を決めるとも言われています。


生まれたばかりのお蚕さん。

体調2mm程でとても小さくて、体にはまだ毛がほわほわと生えています。

そしてすぐに桑の葉の匂いをかぎ、よじ登って桑の葉の表面を勢いよく齧り出す。

ちょうど良い桑質の時と、少し硬い桑の葉の時とでは、食べ方や勢いが違うのは目で見て分かる程。


やはりその時々の成長に一番適した、美味しい桑を毎日お届けしたいです。

 

 

熊本県では、以前は稚蚕飼育所が地区ごとにたくさんあり、1令~3令は稚蚕飼育所で一括して飼育し、3令の終わりに各養蚕農家に配蚕され、農家では主に4令~5令の壮蚕期を育て繭を出荷するのが流れでした。

養蚕の先輩方から、『昔は年に5回も6回も出荷していた。』と良く聞きますが、出荷の頃には、もう既に次のお蚕さんが稚蚕飼育所から配蚕されていて、飼育回数が増えると共に年間の繭の出荷量も、それに伴う収入も大きく増え、稚蚕飼育所の存在はとても大きかったと言います。

そして昭和50年代には、稚蚕飼育所の飼育が桑葉から人工飼料へと変わり、空調や設備なども整い、稚蚕期の桑葉の質や気候に影響されない蚕が、安定して各農家へ配蚕されるようになりました。

 

私が養蚕を始めた2012年には、すでに熊本県南の稚蚕飼育所1箇所を残すのみで、県内のいたるところにたくさんあった稚蚕飼育所は全て閉鎖されていました。

その後4年間、最後に残る稚蚕飼育所で、稚蚕期は寝泊りをしながら働かせてもらいました。この期間の学びは、本当に今も私の大きな支えであり財産です。

 

しかし、最盛期は一度に農家百軒以上もの稚蚕を育ててきた設備を持つ飼育所も、農家の数が減っていくにあたり、最後は僅か3軒分だけの飼育となりました。

だだっ広い飼育所の設備の中に、ほんの数軒分の稚蚕が載せられた僅かなパレット。だけど、湿度や温度を管理するボイラーは、稚蚕の量に関係なく、広い室内で大きな音を立てて常に回り続けます。かなりの維持費がかかっていたと思います。

昔は24時間交代で勤務していた職員の方々のために作られた、数十人は寝泊りできるほどの大きな部屋。最後にそこで寝泊りしていたのは、私一人でした。

そして、2016年、熊本県の最後の稚蚕飼育所も閉鎖が決まりました。

作業が終わって布団に入り、大きなボイラーの振動音を聞きながら、先輩方から聞いてきた賑やかで活気があった最盛期時代のお話をぼんやりと思い出していたら、『あぁ、こうやってたくさんの稚蚕飼育所は終わりを迎えてきたんだなぁ。』と、寂しく思った事を覚えています。

稚蚕飼育所での最後の飼育は桑葉育。40年以上続いたこの飼育所に、桑葉が運びこまれたのはこの時が初めてでした。お蚕さんは、一口でも生の桑葉を食べると人工飼料を食べなくなるので、これまで飼育所に桑葉が持ち込まれたことはありませんでした。閉鎖後は、先輩農家さんと私の2軒分の稚蚕を、桑葉で始めることが決まっていたので、最後に所長さんから色んなことを教えていただきました。今も感謝の気持ちでいっぱいです。

 

あれから6年が経ちましたが、相変わらず今も毎回毎回が勉強です。

今、なんとなくではありますが、稚蚕期の桑の食べ方はもちろん、眠起の揃い方やペース、タイミングなどで、桑の質をはじめ、今がお蚕さんにとって快適なのか、何を求めているのか、お蚕さんの言わんとしているところが少しづつ分かってきた今日この頃。私はただただそれをよく見てよく聞いて動かされるままに。

昔のどの養蚕の教科書にも書いてあるこの2つ。

【良質な繭をつくるには土づくりから】

【蚕を上手に飼う要領は眠起をそろえること】

本当にその通り。

 

次の育蚕期に向かって桑を剪定する時間は、これまでに出会った先輩方の顔や、いただいた言葉を思い出す、振り返りの時間でもあります。

本当に全てがありがたく、全てが力になります。


剪定が終わり、これから下の桑畑の耕耘作業に入ります。

うかうかしてたら桑が芽吹いてしまうので急げーッ。ではありますが、とりあえずは23日程、腰を休めさせていただきます...

 

ご近所さんとの最近の話題は、赤ちゃん鶯(うぐいす)の鳴き声が、まだまだ下手くそで可愛いかね~。です。

 

春ですね。